移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

稽古場情報 ささいなことかもしれないけれど、だからこそ真実が隠されているのだろう

どうしても許せないことがある。
いとも簡単に人をナイガシロに出来る人だ。



正確に言えば、ナイガシロにしていることに気づかない人だ。

そういう人はまず、注意されると相手を責める。
攻める。
なんだか悲しくなってくる。

無意識で意識で、様々なレベルで人は人をナイガシロにする。
これはもう、人間である以上、しょうがないことなのかもしれない。

暴力をふるい、バカにして、ナイガシロにする。

僕だって、ある。

性なんだと言ってしまえばそれまでだが、だからこそ抗ってほしいと思うのだが、人を変えるつもりでいるよりは、一番はそういうのが強い人には近づかないということだ。

気づけない人には近づかないということなのだ。

でもそういうワケにはいかない。
むしろそういう人たちと一緒にいなければならない。

そんな時はどうすれば良いのか?

僕は長いことそういう不愉快な場所にいたことがあった。
勿論、楽しいこともある。
嬉しいこともある。
素敵なことだってある。
それが集団だ。
それが人生だ。

でもそれ以上に許せないことがある。

それでも僕はその場所に居て、笑顔で過ごすことに決めていた。
ただ、笑顔で、その不愉快さすら楽しんでいこうと決めていた。

そして実際楽しんだ。

僕は脚本を書く。
演出をする。
たまに役者をやる。

だから、どんなことも無駄にならないことを知っている。

あとは耐えられるかどうかだ。

耐えられたこともあった。
戦ったことも、あった。
耐えられず逃げたこともあった。

僕は何故だかその場所では、耐えた。

そうしたら、なんと素敵なモノを手に入れた。
素敵な人たちに会えた。
大切なものに気づき、大切なものを大切に出来た。

そうか、こういうことがあるんだな、と思った。

泥の中から花を咲かせる蓮の花のように、僕は小さいけれど、素敵な花を手に入れた。

僕はナイガシロにしているその人を見て思った。

君はそのまま気づかずに生きていけば、いい。
君の人生だ。
君の想いの現れだ。
それは価値観だ。
それをヒナンすることはデキナイ。
むしろその“違い”こそが意味があるのだから。
無駄なものはない。


だから僕はそういう人たちに触れ続ける。
肯定する。
そしてそういう人たちを認めない。

それはすべてを引き受ける強さと、すべてを否定してさえも守らなければならない大切な矜持を、同時に持つことに繋がることなのだから。

矛盾していても、その矛盾ごと抱えて行こうと思う。

何故ならそれが、演劇だからだ。

愛川です。


来週の稽古時間です。

★2月28日夜東長崎/17時30分〜21時30分

★3月1日夜東池袋/17時30分〜21時30分


★3月4日夜東長崎/17時30分〜21時30分


4月本番に向けての稽古中心ですが、ミッシングウォークもやりますし、見学でも良いですし、来る人にテキスト(希望制)も用意して稽古しますので、気軽においでくださいませ。

いつもだいたい池袋周辺で稽古。

興味のある方は愛川武博(loveriver@di.pdx.ne.jp)まで『稽古場参加希望』とタイトルに書いてメールください。
by moving_sheep | 2011-02-26 23:35 | 稽古場レポート | Trackback