2011年 02月 20日
2011年羊稽古場、十三日目の金曜日
酵母菌が歌っている。(カモス、かもす、醸す~)
炭酸が僕に語っている。(炭酸は・・・ゲップが出るよ)
柿Pが唱えている。(カーキカキ、くん、カーキカキーくん)
アルコールがむしろブルス・リーだ。(サケー!!シャケケケケケケケー!)
ビールが僕を呼んでいる。(飲んで~私を飲み尽くして~!)
びあだ。ビールだ。BIRUだ。ビールだー!
つまりこれは、ビール断ちをしている禁断症だ。
そしてブルース・リーのくだりは圧倒的にムチャだろ・・・。
愛川です。
一昨日金曜日、稽古。
稽古場は、みんなが集まる前の、中根道治の演劇に対する情熱を垣間見せるオハナシから始まり、少しノセられ愛川も一瞬演劇論を語る。
アップのミッシングウォーク。
竹内もみが稽古場に現れてなんだか、調子良さそうだと思ったら調子良かった。
加田斎が来た時から比較的スッキリした顔をしていたのだが、やっぱりスッキリしてた。
中根道治は何かしらに“影響されるよモード”なのか、他力は強いが自力が弱い。
飯塚美雪は心がまた“子供の国”に行っているので、クセのパラレルワールドファンタジーだ。
ヨーコは日常の沈殿を(知らないけど)攪拌するように、台詞を手に入れると翼が生えた。
細野美也の稽古場での“自由にして良いな度”がさらに増してるなと思ったら、アイカワラズまずは「一番の観客」のように楽しんでいる感じで始まったが、むしろシトラスちゃん役の細野美也がまず楽しんで貰うのは重要なので、まあ、いいかと思いつつ、後半は飯塚美雪と一緒に、しっかり表現の領域に行ってもらう。
しかし面白いのだ、ミッシングウォーク。
久々に台詞が入る。
台詞が入り、難しさが増すが、心と身体と台詞が連動した瞬間は抜群に面白い。
今後は、「シトラスちゃんは太陽の緑」の台詞を使い、世界観を遊ぶ。
その「シトラスちゃんは太陽の緑」のテキスト稽古。
TAKEsはほぼ決定稿な感じでみんなに提出したが、きっとまた細かく変わる気がした。
大きく変わったら申し訳ない。
でも、さらに作品の面白さが増す。
実は情報が(背景にある物語や想いや、単純なワードの理解、読解が)多くてワカリヅライのだが、こういう作品は、爆発的に人の心を惹きつけて離さない作品になる、ことが多々ある。
勿論、バランスが大切なのだが、そのポテンシャルを持っている。
楽しみだ。
役者が何処まで持ってゆくか。
みーみーみーは楽しそうにやっている。
ホントに楽しそうだ。
細野美也が明らかに今まで以上に楽しんでいるので(きっと、さらにもっと自由に楽しんで良いのだろうと思ったのだろう。それがすぐ稽古場に反映するのが、彼女の良さだ。なので)これはもう半分は公演は成功したと思っても良いだろうと、思いながらも、クオリティーを求められて苦労は絶対するので、むしろこれからの半分が大変なのだが、大変さを乗り切る大切なものは持っているので、なんとかなるだろう、面白くなるだろう、という思考でいましたとさ。
長い。
最後は他人事だ。
TAKEsの役の瞬間を移動する表現と違って、みーみーみーは物語を移動する表現が大前提になっている、こういう作品は、圧倒的な世界観を人々に魅せられる作品になる、ことが多々ある。
勿論、役者の世界観作りが大切なのだが、その潜在能力を持っている。
楽しみだ。
役者が何処まで持つことが出来るか。
太陽の羊、つまりヨーコの台詞は今のところ一つ。
太陽の羊、再び、かつシトラスちゃん作品に参加なのだが一人ぼっちなので、早いトコ作品を渡さなければならないのだが、台詞一つでも面白いのがヨーコ。
さすが。
台詞を持った時の世界観は素晴らしい。
しかし一つ。
スミマセン。
はい、早く書きます。
脚本書きがある程度落ちついて、演出家の範囲が増えると、さらに楽しくなってくる。
現場で作品が出来上がってゆく様は、何につけても面白い。
このようにして十三日目は終わるのだが、期待感だけは高まってゆくのであった。
炭酸が僕に語っている。(炭酸は・・・ゲップが出るよ)
柿Pが唱えている。(カーキカキ、くん、カーキカキーくん)
アルコールがむしろブルス・リーだ。(サケー!!シャケケケケケケケー!)
ビールが僕を呼んでいる。(飲んで~私を飲み尽くして~!)
びあだ。ビールだ。BIRUだ。ビールだー!
つまりこれは、ビール断ちをしている禁断症だ。
そしてブルース・リーのくだりは圧倒的にムチャだろ・・・。
愛川です。
一昨日金曜日、稽古。
稽古場は、みんなが集まる前の、中根道治の演劇に対する情熱を垣間見せるオハナシから始まり、少しノセられ愛川も一瞬演劇論を語る。
アップのミッシングウォーク。
竹内もみが稽古場に現れてなんだか、調子良さそうだと思ったら調子良かった。
加田斎が来た時から比較的スッキリした顔をしていたのだが、やっぱりスッキリしてた。
中根道治は何かしらに“影響されるよモード”なのか、他力は強いが自力が弱い。
飯塚美雪は心がまた“子供の国”に行っているので、クセのパラレルワールドファンタジーだ。
ヨーコは日常の沈殿を(知らないけど)攪拌するように、台詞を手に入れると翼が生えた。
細野美也の稽古場での“自由にして良いな度”がさらに増してるなと思ったら、アイカワラズまずは「一番の観客」のように楽しんでいる感じで始まったが、むしろシトラスちゃん役の細野美也がまず楽しんで貰うのは重要なので、まあ、いいかと思いつつ、後半は飯塚美雪と一緒に、しっかり表現の領域に行ってもらう。
しかし面白いのだ、ミッシングウォーク。
久々に台詞が入る。
台詞が入り、難しさが増すが、心と身体と台詞が連動した瞬間は抜群に面白い。
今後は、「シトラスちゃんは太陽の緑」の台詞を使い、世界観を遊ぶ。
その「シトラスちゃんは太陽の緑」のテキスト稽古。
TAKEsはほぼ決定稿な感じでみんなに提出したが、きっとまた細かく変わる気がした。
大きく変わったら申し訳ない。
でも、さらに作品の面白さが増す。
実は情報が(背景にある物語や想いや、単純なワードの理解、読解が)多くてワカリヅライのだが、こういう作品は、爆発的に人の心を惹きつけて離さない作品になる、ことが多々ある。
勿論、バランスが大切なのだが、そのポテンシャルを持っている。
楽しみだ。
役者が何処まで持ってゆくか。
みーみーみーは楽しそうにやっている。
ホントに楽しそうだ。
細野美也が明らかに今まで以上に楽しんでいるので(きっと、さらにもっと自由に楽しんで良いのだろうと思ったのだろう。それがすぐ稽古場に反映するのが、彼女の良さだ。なので)これはもう半分は公演は成功したと思っても良いだろうと、思いながらも、クオリティーを求められて苦労は絶対するので、むしろこれからの半分が大変なのだが、大変さを乗り切る大切なものは持っているので、なんとかなるだろう、面白くなるだろう、という思考でいましたとさ。
長い。
最後は他人事だ。
TAKEsの役の瞬間を移動する表現と違って、みーみーみーは物語を移動する表現が大前提になっている、こういう作品は、圧倒的な世界観を人々に魅せられる作品になる、ことが多々ある。
勿論、役者の世界観作りが大切なのだが、その潜在能力を持っている。
楽しみだ。
役者が何処まで持つことが出来るか。
太陽の羊、つまりヨーコの台詞は今のところ一つ。
太陽の羊、再び、かつシトラスちゃん作品に参加なのだが一人ぼっちなので、早いトコ作品を渡さなければならないのだが、台詞一つでも面白いのがヨーコ。
さすが。
台詞を持った時の世界観は素晴らしい。
しかし一つ。
スミマセン。
はい、早く書きます。
脚本書きがある程度落ちついて、演出家の範囲が増えると、さらに楽しくなってくる。
現場で作品が出来上がってゆく様は、何につけても面白い。
このようにして十三日目は終わるのだが、期待感だけは高まってゆくのであった。
by moving_sheep
| 2011-02-20 09:28
| 稽古場レポート
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