2011年羊稽古場、コココーココーコ、コ、コ、恋は、九日、目!
車で走りたい。
みんなでドライブなんて素敵だ。
ドライブしたいが、一人はイヤなのだ。
ああヒタスラに、ただヒタスラにドライブに行きたい。
愛川です。
昨日、2月8日、九日目だっちゃ。
愛川の持っている音楽がCDプレーヤーの電池が切れ使えないので(アダプターが壊れていて電池なのだ、だから)中根道治のウォークマンを借りる。
というワケで、昨日は中根道治ミュージックをミッシングウォーク&テキスト音楽に使うことになる。
新鮮!
楽しい!
たまに、来ている人のミュージックプレーヤーを使って稽古をしたりするのだが、その時の新鮮さと言ったら、もう。
すっかり、楽しくなった僕はアドリブでいくつもの物語を、物語の断片を語り始める。
その物語に合わせて、ミッシングウォーク。
その最後あたりに、仕事帰りの、見学者が遅れてやってくる。
人見知りらしい彼に、ちょいとヨーコと二人で台詞を読んでもらう。
他のメンバーはチームごとに読み合わせ。
太くハスキー気味な声。
素敵。
物語を集めるお姫様と、谷で旅人の為に谷を渡るための厚い厚いワラジを編むセムシ男の昔話。
世界観と合う、声と佇まい。
そのあと、その彼にTAKEsの作品を、読み合わせながらも観て貰う。
立ち、少し動き、作品のカケラを届ける。
勿論、まだまだだが、どのように外部に観えるのかが知りたかった。
ここで、前日の明暗が出た。
つまり加田斎、変わらず。
やはり使わず。
聞こえていなかったみたいだ。
どうにも、面白くない。
しかし竹内もみは違う。
使う。
なるべく何かを乗せ、使い、反応する。
どうにも、面白い。
竹中勇貴はむしろ使い過ぎなくらい。
ゆえに、たまに、よくワカラナイ感じになる。
世界観を伝えきれない。
それでも足掻き、反応する。
それは表現になっていなくても、生きている。
面白い。
悲しいがコレが現状だ。
唯一移動する羊の俳優が一番、使わず。
稽古後に、見学者の彼に感想を聞く。
まず一番に言った感想はこうだった。
「竹内もみさんが一番、色々なものが届きますね、スッとワカルというか。竹中さんは色々な反応があって大きすぎて面白くても、逆に内容がワカラナクなる。加田さんはなんか、何もかも小さすぎて全然何もワカリマセン」
至極もっともな感想だ。
僕は単純に、まず、普通なのだ。
特殊なことをやりたいのではなく、まず、人間が届けられるすべてをやりたいだけなのだ。
だから、あまりお客様と感想が(勿論様々な感想を感じそれと)変わらない。
面白くない時は、やはり面白くないのだ。
だからこそ、特殊なことをする。
何故なら、人間は、一人ひとり、特殊だからだ。
そして中根道治が「演出がついても、6割7割の人がワカライと思います」と予言の如く言っていたが、それはある意味正しく、ある意味、正しくない。
正しさで言えば、とりあえず現状の、脚本の前提の多さによるワードや展開の説明不足ゆえ。
そして、とりあえず現状の、俳優、中根道治の限界かもしれないな、という思い。
演出がつくと、つまり俳優が体現すると、圧倒的にそこに物語が溢れる。
むしろ、逆に、物語が、届く。
もともと、そのスタンスは移動する羊の大切にしているところだ。
実は脚本を書いている時点で、ほとんど、分かっている。
分かりづらさも、その難しさも、だいたいは分かっている。
実際、夏に竹内もみと中根道治で、トリプルサマーをやった時に、公開ゲネをやったのだが、その時に分かりづらいと何人かに言われた。
かなりお客様に楽しんでもらった本番はむしろ、色々な人にワカリヤスイと言われた。
勿論、作品が違うから一概には言えないが、そういうことが起こりえる。
そのように書いている。
しかし中根道治が一般的な分かりやすさで一般的な意見を言っているのはとてもとても分かっているので、作品はさらなるブラッシュアップをして、羊エンターテーメントを目指す。
しかし、加田斎と中根道治両名に忘れてもらいたくないことは、一つだ。
俳優が体現してこそ作品が届くということ。
まず、人間が物語だ。
しかしそれは演出家的要素が多い思考なので、脚本家のレベルで言えば、さらに脚本レベルの面白さを上げていきたいと思うので、今はまだ、様々な人の意見を聞く。
書いていて、分かっていることが多いが、それでも様々な意見を聞く。
確認する。
検証する。
さらに面白くなるなら、結構僕は節操がない。
つまりこれがエピソード公演の難しさか、と痛感しつつ、あらゆるレベルで作品を構成中。
大切なものは最終的にブレない自信があるからこそ出来ることだ。
そんなこんなを思いながら、九日目が終わる。
この思考をまた、稽古場で確認し、検証し、さらに面白いものを創ろう。
ちなみに細野美也はかなり楽しんでいた。
嬉しそうにしていた。
すぐお客様になってしまうクセがあるが、楽しんでいる姿は単純に力になる。
素直な子なので、一昨日は微妙な顔をしていたけれど。
竹内もみと竹中勇貴の芝居によく反応していた。
もっと、もっと、行こう。

