移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

大切なことのために、ただそれだけのために

野菜が食べたい。
魚が食べたい。
ポテトサラダが食べたい。
そういえば玉子焼きが大好きだった。
つまり手料理が無性に食べたい。
アイカワです。



お芝居をやるので、全力で色々な人に声をかける。
告白にも似て、なんだかやっぱり大変だ。

だからたまに「あれ?これはひょっとしたら脈アリかな、どう?ダメ?いや、イケる、よし、告白しよう!」と告白してみたらフラれちゃう、みたいなこともアルわけで。
トホホなんですが。

それでもやはり告白をしようと決めたワケで、フラれてもフラれても声をかけ続けるワケなんだけれど、やはりココロは大変なのだ。

でもコレ、なんだか懐かしい。
そんな日々があった。
あっ勿論お芝居でよ。

勿論めたらやったらに(あっ。やたらめったら、か?に)声をかけるわけじゃなく、ちゃんと選択しているのだけれど、だからこそフラれるのは大変なのだ。

ほとんどフラれ続けた記憶しかないけれど。

でも繋がった数少ない人たちからは、たくさんの宝物を貰っているので、このたくさんの傷心も、きっと意味のあることなのだろうと思える、から、それが救いである。

いや救いというより感謝である。
みんなからは、莫大な意味を貰っていて、とてもとても感謝している。

この感謝を大切にするために、つまり結局僕はまた、たくさんの告白を繰り返すのだ。

何度でも何度でも。

届かなくてもフラれても、僕は何度でも愛を語るのだ。


なんだか、まるでキャッチセールスの人が自分の仕事の矜持を語るみたいな感じに聞こえてくるから、不思議だ。

僕の中ではね。
つまりこんな感じだ。


「先輩、キャッチってなんですかね?」
「愛だね」
「愛?どういうことでしょう?」
「それがないと届かない。騙せない。いやさ、もともと人の心に届く想いなんてものは微々たるものさ。だからウソっぱちで構わない。必要なのは、損得なんだよ。つまり人の心の損得の部分にヒョイと触ってやることが大切なんだよ。でもそれには愛が必要なんだ」
「よくワカンナイですけどそうですか~?むしろ愛は必要ないんじゃないですか」
「バーカだからお前は二流三流なの。いいかい、損得を唯一瞬間、超える感情がある。まあ、一瞬だけどな。何かワカル?」
「なるほど、それが愛だと。つまりその愛を、その人を愛することで引っ張り出し、気を許したところで、キャッチ」
「バーカ。さらにバーカ。だからお前は四流五流なんだよ。いいか、愛は超えるが、またいとも簡単に損得に喰われる。何故なら損得も愛だからだ」
「損得も愛?」
「自己愛だ」
「自己愛?」
「これがかなり強い。だからこそ、その自己愛を誘発する愛じゃないとダメだ。単なる愛は、自己愛に消費される」
「でも」
「なんだ」
「人間って自分の中にある愛ゆえに、その愛で、いつか自分を愛するように他人を、愛する生き物でしょ?」
「お前さ~」
「なんですか!甘いですよ、確かに甘いですよ。今まで散々騙されてきましたよ」
「正解」
「え?」
「そうか、ジメラレッ子がイジメっ子になるパターンに似てるんだな」
「なんですか、それ」
「お前意外と才能あるかもよ。実はそれはキャッチ道の初歩だ」
「初歩?」
「そして核心だ」
「どういうことです?」
「実はその愛が一番強い」
「人を愛する力?」
「誰もがある。勿論例外もある。実はこれは脳の分泌物の関係なんだがな。そういう風にデキテンダナ、脳が。他人を愛するようにさ。本物のキャッチはそんな愛を利用することだ。つまり自己愛から他己愛に変わる瞬間を掴まえる。これがキャッチの真髄だよ」
「キャッチはその瞬間の愛を掴まえる、キャッチ」
「その掴んだ愛を商売道具にするのが俺たちだ。そうすれば客はコロっと騙される。だから愛せ。客を愛せ。とことん本物の愛を貫くんだ。そうしたら自己愛を、果ては本物の愛を手に入れられる。俺たちはそれを貰い、金に変える。どうだ、素敵だろ?世界は愛で出来てるんだぜ」
「それが」
「キャッチだ」


なんだか意味ワカンナイねー。

でも、そんなこんなを書いていたら僕はふと、昔書いた台詞を思い出した。

「キャッチです!ギュッとキャッチです!」

僕は想いを、物語を、人間を、掴まえるために日々悪戦苦闘中。

なので脚本、もうちょっと待ってね。

こんなの書いてないで脚本書けってハナシですが。

ラブリバー
by moving_sheep | 2011-02-03 00:40 | aikawa takehiro | Trackback