僕は圧倒的睡眠の中にいた
1日遅れだけど。
それは儚く消える贈り物。
だからこそこの身体に記憶されるもの。
久しぶりにプレゼントを貰った。
昨年の暮れに姪(3歳7ヵ月)に貰った手作りアロマキャンドル以来の嬉しさだ。
あれ?最近だ。
アイカワです。
朝、気がついたら夜になっていた。
墜落睡眠はよくあるので、ヨシとしよう。
しかしこんなに長いこと眠り、まるで自分が睡眠をとっているのだということに気づかない睡眠は久しぶりだ。
睡眠不足の上に、よっぽど心のバリエーションを使ったのだろう。
良いことだ。
使い感じ考えれば、おのずと作品に向かう。
最近はひたすらに執筆の日々だが、思えば苦しむ期間がたくさんあるほうが、面白い作品が作れることが多い。
いやそういえば、今まで、軽く適当に書いたほうが作品として成功する傾向もあるようでもある。
例えばポールマッカートニーがイエスタデイを簡単に作ったかのよう。
つまり苦しみの期間がある程度必要で、かつ簡単に軽く適当に作ることが出来ればテッパンだということか?
そうなるとそのクルシミ悪戦苦闘が、ドコにくるかが重要なるのだな。
最近は悪戦苦闘からフッと抜け、イッキに書き上げたほうが面白い作品がデキル気がしているのだが(つまり一番はじめに苦しむパターン)
しかし評価の高い作品で、ヒタスラに、ただひたすらに苦しい思いをして、「もうこれしか出ない伝わらない表現デキテない!」と書いた作品があった(しばらくして落ち着いて読んだら結構面白かった)
本当によくワカラン。
そして重要なことは、いまいくつかの作品を同時進行しながら書いているのだけれど、そのどれもがクルシミポイントが違うということだ。
イチ/さてさて困ったなー何から手をつけよう、から始まり今はラクラク楽しく書けている作品。
ニ/最初はラクラク書けてて、これ面白くなるんじゃないかなーと思い、今は悪戦苦闘している作品。
サン/ただヒタスラに悪戦苦闘している作品。
これはつまりバリエーションにトンだ面白い作品が出来上がるんじゃない!?
おーサスガ!
と前向きに考えるようにしているが、果たして?
演出に関しては現場作業なので、なんとかなると思って仕事をしているから多少自信がある。
しかし脚本を書くのは、面白い作品を書ける!という自信と、面白い作品を書けなくなるんじゃないのか?という不安の両方が絶えず、ある。
だからいつも目が覚めたら面白い脚本が出来ていないかなーと思っているが、目が覚めても脚本が出来ていたことは一度もない。
しかし、目が覚めたあとに面白い作品が書けることがある。
なんかドロドロやマドロミから生還すると、面白い脚本を書けるのだ。
どうやら僕はやはり、夢を見ることが重要なようだ。
ポールマッカートニーの夢で聞いた曲が、イエスタデイであるように。
しかし言えることは、ドコかでクルシイ想いをしないと、良い作品は産まれないということだろう。
それならばとりあえず僕は、夢をみる前に現実世界でクルシミ悪戦苦闘をすることを誓おう。
その分、執筆は、ね。
ただいまクルシミ中&目覚めたあと中。
ラブリバー

