2010年 12月 19日
人間力でも俳優力でもない、加田力だ
昨日、朝昼にリリー羊勇貴羊(個人練習ってことです)、夜に妄想羊を稽古した。
朝昼はほぼ砂の歌の稽古をしていたので、竹中勇貴には『砂の歌が聞こえる』を見学するということで、心の稽古をしてもらう。
(つもりで愛川ひっそりとリリー二人に演出しながら心の中で竹中勇貴に語りかけるのだが)
その中で演出されるリリー羊砂の歌の二人。
加田斎は移動する羊のメンバーなので、きっと一番移動する羊の世界観を認識している。
していると思う。
しているはず。
しているといいな。
ま、一応覚悟はしておこう。
僕らは様々な表現を移動するので、色々出来ることはとても重要だ。
でも彼は決して器用な役者ではない。
動きは面白く身体が動くけどダンスは踊れない。
歌はウマイけど、歌は上手くない。
めちゃくちゃカッコイイのに全然スタイリッシュじゃない。
そう、加田斎は、役者としてとてもとても他の追随をユルサナイほどの巧さを持っているけれど、決して器用ではない男だ。
いやむしろ不器用だ。
それでも俳優としての圧倒的魅力を持っている。
表現者としての覚悟を持っている。
彼が言葉を発すると、背後にある膨大な物語が動きだす。
想いが動きだす。
そしてなんだかオカシイ。
笑えて笑えて、セツナイ。
重くて軽くて、やっぱり重い。
変人に見える。
天才に見える。
ロッカーに見える。
オタクに見える。
ダンディに見える。
博識に見える。
にゃんちきんって言う。
靴下に穴があいてる。
靴にも穴があいてる。
服もほぼ貰い物だ。
寡黙で雄弁だ。
可笑しく真面目だ。
世界から孤立する。
彼は孤独の味を知り、変な踊りを踊りながら、にゃんちきんと世界に向けて叫んでいる。
様々な突きつけられるリアルと演出を積み重ねながら、彼はひたすら上へと層を重ねてゆく。
その重ねた高い高い大地の上から、彼は世界を見ている。
そしてささやかに、ありふれた言葉を語る。
そのありふれたささやかな言葉は世界に響き、僕らの日常に、やはりささやかに降り積もる。
でもそれは確実に僕らに辿り着く、想いだ。
物語だ。
魂だ。
そんな稽古が終わり、夜に稽古場を変えて妄想羊の稽古をした。
そして竹中勇貴にささやかな変化があった。
でもそれは決定的な差だ。
僕はその変化の意味をなんとなく遠くのほうから聞いた。
「今日の稽古見学は参考にならなかった?加田さんとか?」
そして彼は言った。
「加田さんのようにブレないで舞台に居るのは、とても大切なんだなって思った。ブレずに、でも移動をし続けること」
それは表現の領域にいようとする覚悟だ。
移動して移動した先でタカミを目指す、楽をしない、使う力だ。
第六感を使い、作品に向かう謙虚さだ。
そのようにして僕らはナインティナインティを積み重ね、作品を作り続けている。
今日も僕らはひたすらに稽古場で、砂の歌を聞いている
朝昼はほぼ砂の歌の稽古をしていたので、竹中勇貴には『砂の歌が聞こえる』を見学するということで、心の稽古をしてもらう。
(つもりで愛川ひっそりとリリー二人に演出しながら心の中で竹中勇貴に語りかけるのだが)
その中で演出されるリリー羊砂の歌の二人。
加田斎は移動する羊のメンバーなので、きっと一番移動する羊の世界観を認識している。
していると思う。
しているはず。
しているといいな。
ま、一応覚悟はしておこう。
僕らは様々な表現を移動するので、色々出来ることはとても重要だ。
でも彼は決して器用な役者ではない。
動きは面白く身体が動くけどダンスは踊れない。
歌はウマイけど、歌は上手くない。
めちゃくちゃカッコイイのに全然スタイリッシュじゃない。
そう、加田斎は、役者としてとてもとても他の追随をユルサナイほどの巧さを持っているけれど、決して器用ではない男だ。
いやむしろ不器用だ。
それでも俳優としての圧倒的魅力を持っている。
表現者としての覚悟を持っている。
彼が言葉を発すると、背後にある膨大な物語が動きだす。
想いが動きだす。
そしてなんだかオカシイ。
笑えて笑えて、セツナイ。
重くて軽くて、やっぱり重い。
変人に見える。
天才に見える。
ロッカーに見える。
オタクに見える。
ダンディに見える。
博識に見える。
にゃんちきんって言う。
靴下に穴があいてる。
靴にも穴があいてる。
服もほぼ貰い物だ。
寡黙で雄弁だ。
可笑しく真面目だ。
世界から孤立する。
彼は孤独の味を知り、変な踊りを踊りながら、にゃんちきんと世界に向けて叫んでいる。
様々な突きつけられるリアルと演出を積み重ねながら、彼はひたすら上へと層を重ねてゆく。
その重ねた高い高い大地の上から、彼は世界を見ている。
そしてささやかに、ありふれた言葉を語る。
そのありふれたささやかな言葉は世界に響き、僕らの日常に、やはりささやかに降り積もる。
でもそれは確実に僕らに辿り着く、想いだ。
物語だ。
魂だ。
そんな稽古が終わり、夜に稽古場を変えて妄想羊の稽古をした。
そして竹中勇貴にささやかな変化があった。
でもそれは決定的な差だ。
僕はその変化の意味をなんとなく遠くのほうから聞いた。
「今日の稽古見学は参考にならなかった?加田さんとか?」
そして彼は言った。
「加田さんのようにブレないで舞台に居るのは、とても大切なんだなって思った。ブレずに、でも移動をし続けること」
それは表現の領域にいようとする覚悟だ。
移動して移動した先でタカミを目指す、楽をしない、使う力だ。
第六感を使い、作品に向かう謙虚さだ。
そのようにして僕らはナインティナインティを積み重ね、作品を作り続けている。
今日も僕らはひたすらに稽古場で、砂の歌を聞いている
by moving_sheep
| 2010-12-19 10:57
| 砂の歌が聞こえる
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