僕は稽古場を移動し続ける、儚い刹那の蒼なのだ
メンバーによって作り出す音楽が違うバンドのように、稽古場で立ち上がる物語は、メンバーの構成によってまったく違う物語が現れます。
僕はそれを時に観て、時に参加して、ひたすらに人間が作り出す物語を感じています。
ああ、なんと大変で楽しい日々だろう。
世界はいつも、残酷なほど様々なリアルに溢れている。
時に目をそらしたくもなるけれど、僕は見える限り、観える限り、視える限り、それに向き合いたいと思う。
そこには痛みも怒りも悲しみもセツナサもあるけれど、きっと楽しい。
いや、楽しみたい。
例えそれで死んでしまうことがあったとしても、楽しんで死ぬのなら、また本望だろう。
きっとその瞬間、僕は鳥になっている。
僕は痛みや怒りや悲しみやセツナサを引き受けながら、上からそれらを眺めてる。
鳥瞰。
俯瞰。
その時僕は、ユーモアだ。
その時僕は、鳥だ。
そうして瞬間空になり、僕は刹那の蒼になる。
そんなこんなで今日も劇団からくりありあの稽古に行ってきます。
翔ぶぞー。
タケケ