僕は少年だった。まだ13歳になったばかりだった。僕の村は、ある大国の南の外れにあり、さらに南には別の大国があり、ちょうど大国と大国の間でいつも微妙な立場にいた。その昔は南の大国の属村であったのだが、百年くらい前に今の国の属村になった。さらにその昔は違う国の、さらにさらに昔は別の国の。でも唯一何処にも属さない、村は村自身に属していたことがある。百年前の今の大国にくみしかれる前に、独村だった時代があるのだ。あるいはそれは一つの小さな国だった。それはたった30年程だったが、まるで永遠のように感じた。あまりにも幸せの密度の濃い時代だったのだ。その時代は、村に突如として、一人の圧倒的指導者「悠久」という名の男が、現れたところから始まる。彼は突然神の啓示を受け、ただの平凡な男が突如、そして村を独立に向かわせたのだ。その時代は短いながらも、桃源郷時代と呼ばれていた。それは「悠久」がこの世から消えるまで続いた。大国たちは静観していた。しかし虎視眈々とこの村を狙っていた。何故ここまでして、この村に大国の目が向くのかというと、この村はこの村の土地でしか育たない「蓬莱」という食物があった。その「蓬莱」は甘味が強く、滋養に溢れ、そこから抽出される搾り汁は『神の涙』と称されるほど、甘美な甘さが溢れていた。これが莫大な富をもたらすものだ。大国はこの村でしか育たない「蓬莱」の利権を求めて、大国同士の争いが、村とは関係なく遥か昔から行われてきた。そしてより「蓬莱」の価値を高価なものへと上げてゆく。何故ならあらゆる国の人々は、この『神の涙』を求め、いくらでもお金を出したからだ。それは麻薬にも似た、常習性のある甘さだったのだ。時には金よりも価値があるもので、時には命よりも大切にされるものであった。そしてそこの村には、その「蓬莱」にまつわる伝説があった。夏至の日に生まれるとされる、世界を救う英雄誕生伝説だ。その男は「蓬莱」がもっとも甘みと滋養がある夏至の日に生まれる。そして「蓬莱」を食べて大きくなり、その養分を力にして、そして世界を統べて、その男は王になり、人々を永久浄土へとつれていってくれる。それは村の誕生からずっと虐げられ、奪われ、強いられてきた人々の希望が生みだした伝説だった。結局、そんな英雄は生まれてこなかったし、村人はやはり抑圧されてきた。勿論、「悠久」が現れた時に、彼こそがその伝説の王だと噂されたが、彼は世界を統べることはなかった。村を独立させ、「蓬莱」の売買を自分達で管理出来るようになった。それだけだ。もっともそれだけで充分だったのだが。そもそも彼は夏至の日生まれではなかった。だからこの村では夏至の日生まれの男は、特別な意味を持って扱われる。そして僕は数百年ぶりの夏至の日に生まれた男だった。だから僕は小さい頃から期待され、教育され、そして失望された。あらゆる武術や学問を教え込まれたが、どれひとつとして皆の期待に応えることはできなかった。つまり僕は英雄にはなれない凡庸な男だったのだ。そうして次第に人々は僕に興味をなくしていった。いや逆に憎むようになってきた。両親は僕が生まれたことを嘆き、まわりの子供たちは僕を馬鹿にし、多くの大人達は僕を見ると自分達の不幸をより実感することになった。そうして憎む。『何故、お前は私達を救わないのだ。お前は夏至の日生まれではないか。お前が救いさえすれば』しかし僕は村を救えない。僕らの村は、それほどの圧政がしかれていたのだ。その苦しい中で、僕にお金をつぎ込んでくれたのだ。僕はただ悲しかった。期待に答えられないことが、人々の苦しみが、世界の成り立ちが、ただ悲しかった。僕は思ったのだ「僕は世界を統べる王にはなれないが、世界の謎を解き明かし、せめて人々を救う者になる」と。僕は13歳の誕生日に誓い、それから1ヶ月後、僕は一人の少女と一人の少年に出逢う。二人は村に必要な塩を、遠路はるばる北の海沿いの国から運ぶ、旅商人の馬車に乗ってやってきた。紅の混じった黄色い瞳をした少女と、深い深い蒼い瞳をした少年だった。この村は旅人に対していつも優しい。どんなに貧しくても、食料庫を開け放ってでも、もてなすのが決まりだった。昔からの村の風習であった。そして人々はこの時ばかりは解放され、何もかもを忘れて騒ぐのだ。だから人々は旅人を待ち焦がれていた。僕はその二人の旅人の世話をすることになった。彼らは僕と同じ歳で、かつ誕生日も同じだったからだ。そして僕は初めて友達が出来た。そして僕は長い長い大切な約束をすることになる。これが僕の、長い長い年代記の始まりの物語だ。
トリプルサマー「夏人」から放つ。「名前のない夏」始まりの章。
稽古は日々、風鈴の音が流れている。
僕らの夏は始まったばかりだ。