彼女は、祭りのような新入生サークル勧誘のアーチを抜けて、まっすぐに、あるサークルの部室を目指していた。受験の当日にはもう、その部室を訪れていたので、場所は頭の中に入っていた。そうして校舎の3号館にある部室棟の一室のドアをたたいた。ドアには古代史研究会と書かれていた。すると中から、腰までの長い髪をした、ヒョロリとした背の高い男が現れた。「約束通り、来ました!」と言う彼女の笑顔に、優しく微笑みかえして言った。「待ってたよ。よくぞ難しいウチの大学受験を乗り越えてきた。歓迎する」「はい!」その長い髪の男は彼女の父親の親友である男の息子であった。小さい頃から、何度か会っていて、彼女が中学2年の頃から年に数回、文通をするようになった。彼女は彼のことを兄のように慕い、彼は彼女のことを妹のように可愛がっていた。彼は大学院の修士課程にいて、歴史に関する書物をいくつか出していた。その業界では面白い着眼点と切り口で、かなり期待されている男だった。彼女は小さい頃から世界中の国々の成り立ちに興味があり、独学でだが、かなり勉強をしていた。だから男が、歴史を専攻するために大学にいくのだと聞いてから、ずっと文通は続いていた。彼のことを尊敬していた。だから彼女が歴史に強く、男の在学するこの大学を選んだのは、ごく自然のことだった。何より彼女は日本にどうしても来たかったのだ。いやむしろ“行かなくてはならない”と思っていた。だから彼女は日本のこの大学のこのサークルに入ったのだ。そして大学の中でもかなり古くからある古代史研究会は、大学の傾向のせいか、たいしたサークル勧誘をせずとも、それなりの人数の新入生が毎年入ってくるのだ。もっともこの数年は、この髪の長い背の高い歴史研究家の名声のおかげなのだが。でも古代史研究会には珍しい伝統があった。新入生勧誘の祭りが終わったあと、しばらくしたら、ある場所に立て看板を置いて、新入生を勧誘するのだ。そうして不思議なことに毎年必ずその看板を見て、入部をしてくる新入生が何人かいるのだ。かつ代々、この時期に入ってくる新入生がいずれ部長をつとめることが多いのも、面白い傾向だった。また伝統として、必ず新しく入った新入生がその立て看板を描かなければならない、というのがあった。その年は彼女が描くことになった。それは髪の長い歴史研究家の薦めだった。彼女は小さい頃から父親の影響で絵を描いていたからだ。その腕前は美大生に負けず劣らず。むしろそっち方面でも彼女は大学進学を決めることが出来たのだけれど。彼女は歴史を選択した。父親は少し残念そうではあったが。このようにして彼女は立て看板を描くことになったのだが、実は歴史研究家からのリクエストがあった。彼女が高校2年の頃に描いた「天空の夏、地上の太陽」というタイトルの絵を、そのまま描いてくれと言うのだ。彼女は迷った。何故ならその絵は、彼女が長いことずっと心の中にあった漠然とした瞬間を描いた、とても大切にしている絵だったからだ。でも歴史研究家の熱意に負けて、彼女は看板を書いた。彼女は朝から7時間をかけて、水も食事も取らずに一気に描きあげた。そうしてそのまま17号館の裏に設置して、部室で呆けていた。ただ2時間、何も感じず何も考えず、彼女はまるで樹のようにただ、ソコに、いた。するとドアをノックする音がして、そのあとすぐにドアが開き、背の高い、痩せた男が顔を出した。「すみません。古代史研究会に入りたいんですけど」彼女はその声を聞いて、初めて彼を見た。「あっ。はじめまして」「あっ。はい。はじめまして」このようにして彼と彼女は出逢った。
トリプルサマー「夏音」からの抜粋26。
稽古は日々、灼熱の熱風がふいている。
僕らの夏は始まったばかりだ。