第六感を使い、第七感を目指す
稽古なのですが、五感をすべて使って表現の領域にいようとしているので、臨場感を伴いながら作品のように見えます。
物語が見えます。
人間が見えます。
僕らは演劇としてやっているのですが、時としてダンスに思われます。
それはそれで構わないのです。
でも、演劇である、と思っています。
基本的に身体とか心とか頭は、使わないと使えないものなので、すべて使うようにします。
日常の五感を使い、六感を使い、そのすべてをコントロールしようとして、初めてコントロール不能な第七感が立ち現れると思っています。
第七感は演劇で言うとこの「表現の領域」なのではないかな、と思います。
それは「感動」だったり、「興奮」だったり、「奇跡」だったり、「人間」だったり、まあ、色々なものに形を変えるものでもあるのかもしれません。
ひょっとすると「表現の領域」なんてものではなく、日常に帰依するものかもしれません。
どちらにせよ、そこには「日常」も、「稽古」も、「本番」も、すべてあるのですから。
そのすべてに行けるのですから。
なので、ミッシングウォークの稽古はとても疲れます。
心も身体も頭もヘトヘトになります。
でも、この稽古、役者の本質がよく分かります。
苦手なことも、得意なことも、無意識も、意識も、本当によく分かります。
何故なら、ミッシングウォークは人間の歩きだからです。
人間そのものの歩きだからです。
歩くことは、生きることだ。

