移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

まどろみの王国

なんとか第六感まで使いながら演出をして、ささやかな短い睡眠につく頃に、ただ祈る。目が覚めたら役者二人が作品の高みに届きますように、と。ただ祈る。全力で台詞を放ちながら、人間を生きようとアガキ続けるジュンジュンはまるで、祈り続ける僧侶のようだ。そして役の人物の経験を手にいれようと、作品の奥まで物語を歩んでゆくみやちゃんは、まさに祈りを稽古場で歌っている。前回のミッシングウォーク公演の時に観に来てくれた女優さんに「祈っているだけじゃダメだよね」と言われたことがある。まったくその通りだと思う。祈るくらいなら、ひたすらあがいているほうが良い。そんなことは自明のことだ。それでも祈るだけしか出来ない時がある。僕は短い睡眠時間で、やってくるまどろみの中、悪夢にうなされ、ただ祈る。どうか辿り着いてほしいと。作品が届くかどうかは舞台に立った役者しだいだ。と思っている。どんなに瞬間、稽古場で素晴らしい表現がたち現れても、皆様に観てもらう時に表現出来ないと意味がない。どんなに見事に演出と役者が噛み合っても、ちょっとしたことでズレてしまえば、台無しになってしまうこともある。紙一重は決定的な差になる、ことがある。心を使い、身体を使い、頭を使い、あとに残っているのは祈りだけだ。僕はまどろみの王国で、その瞬間だけ祈りを唱える。リアルを。もっとリアルを。とりあえず二人は祈る時間すらないほどに、作品の高みに向かって走っているけれど。祈るのは僕だけで構わない。ああ。そして今日も、僕らの物語は終わらない。


そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-13 05:27 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback