移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

稽古場情報  森の中に立つ

久しぶりに古本屋めぐりをした。あまり新刊は買わない。どうしても読みたい本があって、新刊を買うこともあるけれど、新しくなくても読みたい本はたくさんあるので、よく古本屋に行く。小さい頃は、まだ小説にハマる前(小学六年生くらいまで)は、よく古本屋に行っては昔の漫画を買いあさっていた。手塚治虫、藤子不二雄、石森章太郎(その当時はまだ石ノ森章太郎ではなかった)、横山光輝、永井豪、石川賢、諸星大二郎、白土三平などなど数えあげればキリがない。まるで宝物を発掘するように、たくさんの物語を発見していた。それが小説を読むようになって、さらに物語の深淵へと突き進むようになった。楽しくてしょうがなかった。高校卒業するまでは、お年玉は、ほとんど本を買うのに消えてしまった。小学生の中学年の頃は、よく妹と小説みたいなものも書いていた。好きな漫画を模写したし、漫画らしきものも書いていた。なんだかそんな懐かしい記憶を思い出しながら、古本屋をめぐって十何冊かを購入。今まで読みたかった本、もう一度読み返したい本、読んでみないと分からない未知な本と、とりあえずバラバラなチョイスで購入。しかしオソロシク膨大な物語が溢れているんだなと改めて思った。似ていて、でもまったく違う細分化された、それぞれが「唯一」の物語群。それが複雑に絡み合い、何層にも積み重なり、その領域を広げてゆく。まるで森のようだ。僕は静かに呼吸をしてみる。少ししっとりして、甘い匂いがする。耳をすましてみる。囁きが降ってくる。瞳を閉じてみる。むしろ鮮明にあらゆる風景が現れる。地球のまわる音が聞こえたような気がする。太陽の匂いがしたような気がする。現実よりむしろ鮮やかで、現実よりむしろ現実であるような。古本屋めぐりが終わってからしばらくして、現実の生活で心と身体に傷痕をつける出来事があった。それは心が荒むからこそ、感情を司る脳の、ある部分を傷つけ、五臓六腑を傷つけ、世界と呼応している「魂」を傷つける。そんな時にふと古本屋めぐりのことを思い出し、荒野に少し雨が降る。悲しみをともないながら、でも大地を潤す。僕はもう一度、物語に帰依しなければならないのかもしれない。幼い頃、そうだったように。そこに人生の本筋を見つけていたように。たれていたコウベをあげ、森を見る。太陽を感じる。オゾンの匂いをかぐ。足を裸足にして土を踏みしめ、風を身に受け、耳をすませる。そしたら何処からか音楽が聞こえてくる。僕の中には物語が溢れてくる。そんなふうにならなくてはならない。そんな場所に立たなければならない。心と身体の傷に触れてみる。きっと痛みはいずれ消える。でも何度も思い出すだろう。痛みは消えても、傷痕はなくなることはないのだから。だから何度も見るたびに去来してくる。しかしそれは擬似的体感。いつわりの痛み。でもだからこそ痛みが増してゆくこともある。なぜなら僕は失われてしまったのだから。さて、ひたすらに発掘し続けたあの頃に戻って、僕はもう一度森の中に立たなければならない。そうしなければならない。そう僕は“その場所に立たなくてはならない”のだ。太陽と地球の引力の狭間で。愛川です。

次回の稽古は3月13日の土曜日の13時ー17時です。

場所は東長崎です。(いつも池袋周辺で稽古)

稽古は毎週、集まる人に合わせて脚本を書いています。
基礎トレと移動する羊オリジナルメソッド(かなり心と身体を使う)とテキストで作品作り。

興味のある方は是非、愛川のアドレスに「稽古場参加希望」とタイトルに書いてメールください。
アドレス。
loveriver@di.pdx.ne.jp
by moving_sheep | 2010-03-12 12:24 | 稽古場レポート | Trackback